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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)278号 判決 1987年12月02日

控訴人 河啓真

右訴訟代理人弁護士 多賀健次郎

同 中村幾一

被控訴人 信和貿易株式会社

右代表者代表理事 李允鎔

右訴訟代理人弁護士 寺尾寛

同 佐藤昇

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一(ただし、原判決二枚目裏末行の「御庁」を「東京地方裁判所」と訂正する。)であるから、これを引用する。

(被控訴人の主張)

一  取締役の職務執行上の義務違反について

1  取締役が会社に対して負う義務は、善管注意義務及び忠実義務であるが、右義務は、社会的存在としての会社が不法・不当をなすことのないよう配慮し、法令(成分法だけでなく不文法、条理を含む。)及び定款を遵守して職務を執行する義務を含むのであって、会社の利益になることであれば違法行為も許されるというものではない。

2  控訴人は訴外信和通商株式会社の代表取締役として、同会社が被控訴人に負っていることが明白な手数料債務を正当な理由もなく履行しなかったばかりか、被控訴人がその支払を求めて訴訟を提起した後においても不当に抗争し、一部の争いのない債務についても支払をなさず、かつ虚言を弄して訴訟の遅延を策したことは前記(原判決・請求原因2)のとおりであるところ、会社が法律上の支払義務を負った場合、誠実にその支払をすることが取締役の職務執行上の義務であることは前記したところから明らかであり、何らの理由もなく支払を怠ることは右義務に違反するものというべきである。

3  しかも、控訴人は、単に支払を懈怠したというだけでなく、より積極的に被控訴人の業務を妨害した。すなわち、前記(原判決・請求原因2(三)(2))のとおり、控訴人は被控訴人が成立させた取引の買主に対し、L/C開設につき被控訴人のオファーシートを使用しないで他社のオファーシートを使用するよう働きかけたものであるところ、控訴人の右行為がなければ、既に買主がきまっている以上被控訴人としては信和通商株式会社以外の売主から商品を販売させて手数料を得ることができたにもかかわらず、控訴人の右行為によってそれが不可能となったのであり、これは明らかに被控訴人の営業に対する妨害というべきである。取締役に他社の営業を妨害してはならない職務執行上の義務があることは前記したところにより明らかであるから、控訴人の行為はこの面からも職務執行上の義務に違反する。

二  悪意・重過失

これらの控訴人の行為は、もともと故意をもってなされているのであるから、控訴人に職務執行上の義務違反につき悪意があったことは明らかである。

仮に、支払拒否の一部に信和通商株式会社は被控訴人に対し支払義務を負わないとの誤解に基づく分があったとしても、その誤解は弁護士に相談する等僅かの注意によって容易に解消しうる性質のものであるから、右誤解及びそれに基づく支払の懈怠には重大な過失がある。

三  損害との因果関係

1  信和通商株式会社が昭和五六年九月まで支払能力を有したことは、同会社が右年度に法人税を課せられたことから明らかであり、したがって、控訴人が誠実にその職務を執行し、是々非々の態度で適時に同社の債務を履行していれば、被控訴人が前記訴訟において認容された債権の満足を得られたことは明らかである。したがって、控訴人が職務執行上の義務に違反して右債務の履行を遷延させたことと被控訴人の損害との間には相当因果関係がある。

2  また、前記一3記載のような控訴人による妨害行為がなければ、被控訴人は信和通商株式会社以外に売主を探して、少なくとも同社との間の約定手数料である別紙記載の金額以上の利益を得ることができたところ、控訴人の妨害行為によってこれも得られなくなり、少なくとも別紙記載の金額(五万六六一九・七七米ドル)相当の損害を被ったものであり、右損害は控訴人の職務執行上の義務違反と相当因果関係のある損害である。

もっとも、控訴人の右妨害行為の有無と係りなく、信和通商株式会社としては別紙記載の金額の支払義務を免れないのであるから、右妨害行為による損害は、同会社に支払能力がある限り顕在化しない損害ともいえるが、同会社が倒産した以後はこれが顕在化しているから、現在ではこれも控訴人の職務執行上の義務違反と相当因果関係のある損害ということができる。

四  よって、被控訴人は控訴人に対し、前項1の事実関係のもとでは八万九六九五米ドル、前項2の事実関係のもとでは五万六六一九・七七米ドルの損害賠償請求権を有することになるが、前者については一部請求として五万六六一九・七七米ドルを主張し、右のいずれかに基づいて、控訴人に対し請求の趣旨のとおりの支払を求める。

五  控訴人の消滅時効の抗弁について

控訴人の消滅時効の抗弁は、被控訴人が昭和四八年に控訴人の個人責任を追及しえたことを前提とする主張のようであるが、商法二六六条の三に基づく損害賠償は、法人に対する請求が事実上奏功しないことが確定して初めて取締役に対して請求しうるのであるから、時効の起算点は早くとも信和通商株式会社が手形の不渡りを出した昭和五六年九月であり、時効期間は満了していない。

(控訴人の主張)

一  任務懈怠、悪意・重大な過失について

被控訴人は、控訴人が悪意又は重過失をもって取締役としての任務を懈怠した旨主張するところ、信和通商株式会社に対する被控訴人の請求が正当なものであったのなら、あるいはこれに応ずるのが取締役としての当然の職務であったともいえよう。しかしながら、昭和四八年当時被控訴人が請求してきたものは、委任状に明記されていないいわゆる上乗せによる差額であり、かつP・A・C取引における差額とは結局為替による差損益ということであるから、控訴人として容易に支払に応じることのできない性質のものであった。それでも控訴人としては被控訴人がその主張を固執するので、それならば被控訴人の主張に沿って実勢レートによる再清算をしようということになり、双方から主張を出し合って検討し、控訴人は信和通商株式会社の取締役として最大限努力して対応したのであり、その結果をふまえて支払を拒絶したことには何らの任務懈怠もなく、まして悪意・重過失があったとはいえない。

さらに、控訴人は昭和五三年に被控訴人から訴訟が提起されたが、その訴状による請求金額は一一万四二五三米ドルであり、昭和四八年当時の請求金額に比べて遙かに多額になっており、かつ昭和四八年には問題となっていなかった他社オファー分までが含まれていたので、承服することができずに応訴したものであり、これはむしろ応訴することが取締役の義務というべきである。

そもそも取締役の任務懈怠を問題とする以上、論理的には取締役の会社に対する責任を前提とせざるをえないところ、控訴人は信和通商株式会社から任務懈怠の責任を問われるようなことは何も行っていない。

二  損害について

被控訴人は信和通商株式会社の倒産により債権回収が不能になったとするもので、いわゆる間接損害を主張するものであるところ、信和通商株式会社が倒産したのは、韓国において政治・経済情勢の急激な変化があり、これが控訴人の経営努力によって対応しうる限界を超えるものであったためであり、控訴人の責めに帰すべき事情によるものではない。

控訴人の損害が信和通商株式会社の倒産によって生じたというのであれば、それは一種の不可抗力によるものであり、控訴人の行為との間には相当因果関係がないといわなければならない。

前記被控訴人の主張三2は直接損害の主張とも解しうるが、右損害は倒産によって「顕在化」したものであるというところ、控訴人は倒産に対する予見を全く有しなかったのであるから、右損害についても責任を負うものではない。

三  消滅時効について

被控訴人の主張する手数料債権は、昭和四八年に発生したというのであるから、被控訴人としては当時既に信和通商株式会社に対しこれを請求するか又は控訴人に対し損害賠償を請求するかの選択をなしえたものであるところ、控訴人に対する本訴の提起は昭和六〇年三月であるから、仮に控訴人に損害賠償責任があったとしても、損害賠償請求権は一〇年を経過した昭和五八年に時効消滅している。控訴人は本訴において右消滅時効を援用する。

被控訴人は、昭和四八年当時は信和通商株式会社に支払能力があったから、控訴人個人に対する損害賠償請求はなしえず、時効期間も進行しない旨主張する。しかし、被控訴人は同年一〇月に控訴人を手数料の着服横領を理由として刑事告訴をしているのであるから、当然民事責任も問えると考えていたことになり、右主張はこれと矛盾する。

理由

一  請求原因1(一)の事実、同(二)前段の事実、同(三)の事実、同(四)の事実のうち信和通商株式会社が昭和五六年ころ倒産して無資力となり、昭和五九年一二月二日休眠会社として整理されたこと、請求原因2(一)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  被控訴人の本訴請求は、控訴人が信和通商株式会社の代表取締役として被控訴人から請求された手数料の支払を拒絶し、その請求訴訟を提起されても種々抗争し、請求から一〇年以上、訴え提起からでも六年余を経てようやく被控訴人勝訴の確定判決に至ったときには、同会社は既に倒産しており、結局被控訴人は右手数料債権の満足を得ることができなかった(右事実は、弁論の全趣旨により概ねこれを認めることができる。)との事実を前提とし、控訴人は何ら正当な理由なく右支払を拒み、その後の訴訟においても理由のないことが明らかな主張を掲げて抗争したものであり、これは悪意・重過失により取締役としての任務を懈怠したものであるとして、被控訴人に対し、右確定判決によって認容されながら同会社の倒産により満足を得ることができなかった金額の一部を、商法二六六条の三に基づく損害賠償として請求するものである(なお、被控訴人は、控訴人が単なる支払拒絶以上に積極的に被控訴人の営業を妨害したとも主張し、右妨害によって生じたという得べかりし営業利益の喪失による損害をも、前記損害と択一的に主張する。)。

三  商法二六六条の三第一項の趣旨とするところは、株式会社の取締役が悪意又は重大な過失により会社に対する義務に違反し、そのことによって第三者にも損害を被らせた場合には、相当因果関係のある損害に限り、取締役は第三者に対しその賠償の責に任ずるというものである。

本件において、被控訴人は、前記の事実経過を前提に控訴人が信和通商株式会社の取締役として同会社に対する職務上の義務に違反したと主張するのであるが、一般に、取締役が会社を代表して第三者からの金銭支払要求を拒絶したところ、第三者がその請求訴訟を提起し、右訴訟において右拒絶が正当でないとされ、結局会社の敗訴に終った場合においても、支払拒絶に理由のないことが一見明白であり、訴訟における防禦が不当抗争とみられるようなときは別論として、右の結果から直ちに取締役のした右拒絶が会社に対する職務上の義務に違反するものであったとみることはできず、まして悪意・重過失による任務懈怠があったとみることは極めて困難である。そして、本件全証拠によるも、控訴人のした支払拒絶が一見して理由のないものであったこと、あるいは前記訴訟における控訴人の防禦の方法が不当抗争であったことを認めることはできない。

したがって、控訴人に信和通商株式会社の取締役としての任務懈怠があったとはいいがたく、この点において既に被控訴人の請求は、商法二六六条の三第一項の責任の要件を欠き、理由がないものといわなければならない。

四  なお、被控訴人は、択一的主張として、一種の得べかりし利益の喪失による損害の主張をするから考えるに、被控訴人はその主張する取引につき、被控訴人の取次によって信和通商株式会社と韓国内の買主との間に売買が成立し、したがって、被控訴人は同社に対し手数料債権を有すると主張して、前記別件訴訟においてこれを請求し、右請求を認容する判決が確定していること前述したとおりであり、そうであれば、右取引につき被控訴人において別の売主を探してきてそこから手数料を得る可能性はないといわざるをえない。したがって、被控訴人主張の逸失利益なるものはこれを考えることができないから、被控訴人の右主張は理由がない。

五  また、仮に、控訴人のした履行拒否あるいは訴訟における抗争が取締役としての任務懈怠に当るとみたとしても(控訴人に任務懈怠があったといえないことは三項に述べたところであるが)、被控訴人が本件において主張する損害は、信和通商株式会社の倒産により債権回収が不能になったことによる損害であるところ、同会社を倒産に至らしめたことについて控訴人に任務懈怠があったことは被控訴人も明確には主張しないところであるし、本件全証拠によるも、右倒産について控訴人の責に帰すべき事由をみいだすことはできないから、右履行拒否等と倒産による債権の回収不能の損害との間には相当因果関係がないというべきである。

六  以上により、いずれの点から見ても、被控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきものであり、したがって、原判決中これを認容した部分は失当であり、本件控訴は理由がある。

よって、原判決中控訴人敗訴部分を取消したうえ、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 友納治夫 清水信之)

<以下省略>

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